例えば「うつ」という共通の病名であっても、そこに至るまでの経緯や背景、きっかけ、個人の性格や現状の環境等により、その症状の出方や有効な治療法も個々によって違う、と言うと少し想像しやすいでしょうか。
認知症も同様で、同じ「アルツハイマー型」と診断されていても、そこに起因するBPSD(周辺症状)もその対応方法も様々なものがあります。ここで紹介できるのはそのごく一部です。十人十色という言葉があるように、その対応法も各入居者それぞれで異なったものになるはずです。
「真夏にセーターを着用する」というのは、自律神経の乱れによる「体温調整機能の低下」によるものと、認知症の中核症状の一つ、「見当識障害」というものに起因するものが殆どです。見当識障害により季節感や日付、自分が今いる場所等がわからなくなります。
自身で洋服を選び着ることの出来る入居者であれば、コミュニケーションは可能でしょう。頭からいきなり「着替えましょう」と言っても、本人は、今は冬もしくは寒いと感じているのかもしれません。その感情を否定せず、更衣を促す必要があります。
コミュニケーションの切り口として一つ、「今日ここに来るとき外を歩いていたらセミがたくさん鳴いていて、とても日差しが強かったです。もうすっかり夏ですね。」と会話の中に季節感を盛り込んでみるのはどうでしょう。
その中で、今は夏で暑い、だからセーターは今の季節に不釣り合いだと理解いただける入居者であれば更衣に同意してくださるのではないでしょうか。
季節を間違えていたと入居者が認識した場合、適切な衣服を提供できず申し訳ないという態度で接することが出来れば、「間違っていた、恥ずかしい」という思いから「いや、私はこの服を着たくて着ている」と更に頑なになる可能性が低くなります。今すぐ更衣が必要でない場合は、空調の効いた室内で尚且つ発汗等が見られなければ脱水症に配慮しながら、水分を多めに提供するなどして経過を観察しましょう。
しかし、何枚も着込み、動作を制限する場合は転倒の危険もあります。自立歩行可能な入居者であれば、やはり更衣の促しは必要と言えますが、一度大きく拒絶された場合は躍起になって更衣をうながすより、少し時間をおいて再度声掛けを行ってみてください。そしてその間に別のアプローチ方法、介護者自身の表情や言動を振り返って改善すべき点はないかを振り返りましょう。
物盗られ妄想とは、認知症の中核症状「記憶障害」に起因するBPSDで、妄想によるものです。犯人扱いされたからこの入居者は私に敵意を持っている、と思わないでください。
置き忘れ、しまい忘れにより、自身が「物を移動させた」という記憶自体を失ってしまっています。大事なものだからしまっておこう→どこにしまったか、しまったこと自体を忘れる→大事なものがなくなった、きっとあの人が盗ったに違いない・・・。物盗られ妄想の心理の移行は大まかにこのような状態だと言われています。
「それは大変ですね。私でよければ一緒に探しましょうか」と犯人役にされてしまった介護員以外が対応にあたりましょう。「私は盗っていません」と反論するのはあまりお勧めできません。なぜなら、「この人が盗った」という入居者の言い分は本人にとっての真実だからです。ただし、場合によっては探すのを手伝った介護員に対し「やっぱりこの人が犯人だったんだ」と犯人役がすり替わってしまう場合もありますので、物盗られ妄想の対応はとても難しいものであると言えます。
一人で解決しようとせず、他介護員と連携して対応にあたると良いでしょう。また、他入居者が犯人役になってしまうこともあります。
一例として「私の部屋から物がよくなくなるの。あの人が私の部屋で何かしていたのよ」と入居者が言ったとき、何がなくなったのか、いつ居室に入って来られたのか、そういう事をお尋ねしているうちに別の会話に切り替えて気を紛らわせるのも一つの対応法といえるでしょう。ご自身の話に耳を傾け、不安や怒りを聞き入れてくれる、そういう会話ができると案外落ち着いてくださったりします。
飲み物を提供しワンクッション置くことで「物を盗られた」と言う記憶自体が失われてしまう可能性もあります。ただし時間をおいて気をそらすと言う対応自体、根本的な解決になっていないという事も忘れてはなりません。
施設であればお財布や現金などの貴重品は施設責任でお預かりしている場合がありますので、家族に許可を得た上で「○○さんから、大事なものだからなくさないように預かっておいて欲しいと言われて、先日からこちらでお預かりしています。お伝えするのが遅くなって本当に申し訳ありません」と相手を責めない言葉選びでご説明するというのも一つの手段です。
昔の記憶に立ち返って行動している場合に一番多いのが、この帰宅願望ではないでしょうか。決まった時間に帰宅を訴える入居者、昼夜問わず帰宅を訴える入居者、そのタイミングはまちまちです。夕飯の支度、子供の世話、仕事が終わったから帰る、主人がもうすぐ帰ってくるから家にいなければ、と本人なりの何かしらの理由がある筈です。
この場合もまず大切なのはコミュニケーション、つまり傾聴と受容です。会話の大きなポイントとしては、その入居者に対し「あなたはここにいていい存在、ここにいて欲しい」と安心感と存在の肯定をして差し上げる事です。
まずは、入居者の記憶がどの時代にいるのかを聞き取りましょう。そしてそれに合った会話を展開していきます。施設内の敷地を安全に配慮しながら散歩をする、料理に関わる事で落ち着くのであれば、その入居者の能力に応じて家事のお手伝いをしていただくのも良いでしょう。自身の役割がここにある、とお伝えするというのも大切です。
気を紛らわせるのに一番有効なのはやはり飲み物や軽食でしょう。昼間から夕方にかけては、「もうすぐ夕食(おやつ)の時間で○○さんのものも用意しているから是非それだけは召し上がって欲しい」、深夜であれば、外を見ていただき、「もう今日は遅いから日が明るくなってからにしないか、家族もお休み中で連絡がつかないだろう」等お伝えする。
本当にその場しのぎの対応ではありますが、入居者にとってのその瞬間を真実として受け止め、傾聴する姿勢が大切です。その不安や、本当にここにいていいのか、という気持ちを少しでも和らげる事を目標としてください。
これらの周囲の人が対応に頭を悩ませる行動に対し「問題行動」と呼ぶ場合もあるようです。ただし、これは誰にとっての「問題」なのでしょう。BPSD(周辺症状)と呼ばれる認知症に起因するこれらの行動は、記憶や能力を徐々に喪失していくことへの恐怖や忘れてしまう事への寂しさ、混乱、喪失への拒絶、そのようなものがない交ぜになり、表面的な行動として現れる場合もあるのではないでしょうか。
認知症を患った入居者の多くは大小の差こそあれ、その喪失感を抱えて生活していると考えることが出来れば、明日からまた少し違った目線と心で入居者に対応できる事でしょう。
特に認知症の初期から中期にかけての症状には、周囲の人も振り回されがちです。
しかし、一番苦しいのは何かを失っていくという、言いようのない不安を抱えた入居者自身なのです。その点を考えて認知症介護の対応をしていきましょう。
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